卵が先か鶏が先か、いや、どっちでもいい

『なぜ家庭学習するか』について息子と真正面から語り合っていない我が家ですが、以前の日記で書いた以下の発言は気になっています。

「勉強しないと、子供が頭悪くなっちゃうから。」

長男には色々と曲がった解釈をされてしまっているようです。

既に、小学生の大半が「勉強ができる→頭が良い」と思っているのかもしれません。

息子が通っているのが公立小学校だからという事情もあるかと思いますが、勉強ができない(学力向上に繋がる何らかの対策を全く進めていない)子がそれなりにいます。

長男の話を聞く限り、2年生になるとクラス内でも徐々に差が付き始めているようです。

この日記を御覧のご家庭では何らかの対策をしていると思いますが。

当然ながら、親としては・・・

ほんの少し勉強などが出来たからって、クラスメートを馬鹿にするような子にはなって欲しくないわけです。

何気ない会話の中に「○○は出来ないんだ」的な意味合いが出た場合、長男には釘を刺すようにしています。

妻 「勉強が出来るとか人に自慢したり、あいつは出来ないとか言うのは良くない。恥ずかしいことよ。自分がそう言われたら嫌な気持ちするでしょ?」

私 「算数とか漢字が出来る出来ないってのは、サッカーが上手いとかけん玉が上手とか、そういうのと同じなんだぞ。 皆それぞれ、得意と不得意があるんだから。」

話が逸れますが、今まで「勉強ができる(テストで良い点数を取れる)」と「頭が良い」はイコールではないと思ってきました。

理由は、受験で合格するには「テストで良い点数を取れるようにする」が必要で、「頭を良くする」は必要無いからです。

①「テストで良い点数を取るから頭の良い子である」

②「頭の良い子であるからテストで良い点数をとる」

そして現在、中学受験(特に難関校)のテストが頭の良い子を測る内容に変化したのだという前提に立てば、②は自明だし①も成り立つ。

つまり、進学塾は頭の良い子になるように指導をする。

頭の良さって鍛えられるの?

鍛えられるのなら、努力によって積み重ねたものとさほど変わらないのかね。

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